人は体感的にとか、実感をしない限り、内容について納得しないし理解が出来ない。サービス紹介資料やパンフレットは、相手に利用したあとをできる限りありありと想像させ、良さをイメージ上で仮想的に実感させることが必要。
世の中にある仕事とは、少なくともほかの誰かがやりたくなかったから、そこにあると思うと、その存在について納得しやすい。ほかの人がお金を払ってでもやりたくないのがお金をもらえる仕事。楽しくやるにはどうしたらいいか工夫せずにやれる仕事は、世の中に存在する職種にはまずないというのを理解しないと何も始まらない。
「好きを仕事にしよう」とする限り、「好きになれる仕事」には出会わない。
自分が頭がよいと本気で思い込んでしまう人は、意外とバカなことをしてしまうことが多くなる。それは、早く結論に達する方法を優先し過ぎて、考慮する物事の範囲がだんだん狭まっていくから。
1個の革新的なアイディアでなんとかしようとするより、人からみたらとるに足らないような1000個位の細かな改善をすごいスピードでできる方が企業としては生き残りやすいのだと思う。
仕事で上司や関係者に対し、確認や判断を求めるとき、相手が判断するために必要な要素を揃えられる人は、もうその時点でプロセスとして確認をおこなっているだけで、自分で判断できるようになっていることと同じ。必要な要素を揃えられない人は、判断に優れた人がどういう要素の組み合わせで判断を行っているかを辛抱強く観察して盗むしかない。
どんなことでも、ある意味、成功すること自体は簡単で、それを継続することの方がずっと難しい。
目の前のことを解決しない人は、将来も目の前のことを解決出来ない可能性が高いけど、目の前のことを解決する人は将来もまた同じように、違うことも解決していくのだと思う。
人間が意識して考えながらできることの範囲は限られている。スポーツでなぜ反復練習を行うかというとあまり考えずとも動けることの範囲を増やすため。より簡単なことは無意識的にできるようにして、より高度なことで、想像力を働かせる部分に意識を集中できるようにすることがなんにでも必要。つまり無意識的にできること、習慣化していることの水準が高い人ほど、より洗練された動きができる。
仕事上のコミュニケーションは、どう言ったら相手がどういう勘違いをする可能性があるかについての想像力があればあるほどスムーズに進む。